あなたが月を指差せば、愚か者はその指を見ている

日々起きたこと、見たこと、考えたこと

平成の終わりに

(いろいろ自分のブログを整理しているところです。Mediumは日本語使いにくいのですが、それでも使い始めてしまったので、自分の訳書についての発信に使おうかと考えています。で、こちらは、それ以外の私の「ご意見」ですかね。Twitterの振り返りもやっていますし、極論でも自分の信条とかそういうことに特化しようかと考えました。
この記事はすでに本ブログ"Common sense is the collection of prejudices acquired by age eighteen. "の中で載せていましたが、ほとんど読まれていないようですので、こちらにリンクを張るような形で向こうには載せます。)

 

https://www.instagram.com/p/Bvt-U8MFSnJ/

ちゃんと新元号の発表は見ましたよ。10代最後の年から過ごした平成の時代について色々思うことはありますが、次の時代はさらによくなりますように。新元号、割と気に入りました。#reiwa #dailylog #photolog #新元号 #令和

 

 

2019年4月30日付けで書いたものです。 

 

地上波放送では、ひたすら平成をふり返るか皇族番組しかやっていなくて、これはもうNetflixでも見ろといわれてるのではないかと思ってしまうほどです。

 

結局、平成って何だったんだろうって思ってます。バブルがはじけて景気が下がってそのまま低迷しているせいなのか、私としてはこの30年は窮屈になっていったようにも思います。それにSNS時代になって、知らない人にまで自分のモラルだの子どもの教育方針だの色々言われるようになるのだから、大変ですよね。

 

たとえば話題の秋篠宮家バッシングってあれ。

 

平成がはじまって十数年のあいだ、秋篠宮は好きな研究に没頭していましたし、いわゆる皇族の公務という形では次女にあたる娘さんが生まれてからはそこまで目立ってなかったように思います。むしろ目立っていたのは高円宮。サッカーのみならず、芸術振興に力を入れてたんですよね。バレエとか演劇見に行くとそのたびに報道されていたように思います。私の親戚も当時の勤め先の劇場で高円宮夫妻の「仲の良さ」を目撃したそうです。

 

ともかくそれほど今の感覚でいう「招待を受けて何々を鑑賞しました」といった公務といえば高円宮で、彼は久米宏ニュースステーションにもゲストで出て「私の役目は皇室の広報係ですから」といったことを豪語していました。一方そのころの秋篠宮は自分の誕生日会見で、すでに狭心症だったか不整脈があって身体があまり丈夫じゃないんです、といったことをぼやきつつ、奥様にも健康診断ちゃんと受けましょうなんて言ってましたね。まだ宮内庁のホームページのアーカイブに残っているんじゃないかしら。

 

適当なことを書くのもまずいので、調べてみました。

 

え?高円宮が急死する前の会見もう載ってない……。2000年か2001年ぐらいの高円宮出まくってたころの秋篠宮の誕生日会見残ってない……。斜に構えてた頃の会見が残ってない……。

 

文仁親王同妃両殿下の記者会見など - 宮内庁

追記:2019/05/27 記載が早速変わっていましたね。「皇嗣文仁親王同妃両殿下の記者会見など」に

 

これではもう信じてもらえるのかわかりませんけど、ともかく私は当時「そうなのかあ、実は身体弱いのかあ、年の割には白髪多いし、意外と繊細なところがあるのかしら、案外気難しそうだし」と思っていたので、逆にいえば、何をいまさら抗不安剤がって報道されるわけ、とも思うわけです。

 

しかもその前後に皇太子妃も病気になって静養するために引きこもっちゃって表舞台に出てこなくなりました。そのせいなのかもはやわかりませんが、皇太子もあまり公務で目立たなくなり、結局、その世代で「健康」だったのが秋篠宮夫妻だったわけです。いえ、もう一人妹さんがいて、その方も中南米から招待があれば出向いていたし、国内でもいろんなイベントで人と接する公務を引き受けていてかなり好評だったようなのですが、ほどなくお嫁に行って一般人になってしまって。

 

なので、天皇や皇太子がやるのはもともと伝統的に肩書きの上でやることになっていた公務が中心になって、ともかく彼らがやる余裕のないそれ以外のいっろんな公務とやらは、もう秋篠宮家が当時高校生の長女まで分担させてやってたので(別に大変なら断ったってよかったと思いますけどね)、テレビをよく見る国民のイメージは「秋篠宮家ばかりが目立ってる」というものになったのかもしれません。

 

でも、それこそ平成の世になった頃は、秋篠宮なんて元職員住宅に住むのも全然気にしてなさそうだったし(バブルはじける前ですからね、私に言わせれば「え、こんな古くて狭そうな家に住まなきゃいけないの?次男だからなのか、皇族のなかでいちばん若いからなのか、そういう立場で所帯持つと、どえらい差をつけられるんだな」という感覚ですよ)、言われた家業をやって、あとは好きな研究を夫婦でお互いやっていれば家族円満で幸せといった価値観ダダ漏れでした。それなのに平成の後半15年は、望んでいたとはいえ3番目のお子さんが生まれてからはそれなりに立場が変わってしまって、それこそ、あの家の人たちこそこんなはずじゃなかったと言いたいんじゃないかと思うほどです。

 

ともかく平成のはじめのころのその旧職員宿舎の様子を覚えているだけに、何かにつけて秋篠宮が「身の丈にあう形で」というのはそりゃそうだろうなって思っていました。それに、たまに家族旅行の取材とか受けていても幸せそうだったもの。だからお金をかけなくても、祭祀は身の丈にあった規模でやれば済むことだとか断言できるんでしょう。それにあの人、若い頃は東南アジアの湖だか川にずぶずぶ漬かってナマズとか捕っちゃったりしてたわけですしね。

 

ですから400万円問題も、1番目の娘さんの彼氏や母親が身の丈に合った形で返済する予定があるなら、別に娘を嫁にやってもいいんじゃないかってことなんだと思ったんですよ。でも「うちの生活費は税金なんだもの当てにされても困るし立て替えることもできません」って、それこそ「身の丈以上の支出はできないんです」ということなんでしょう。

 

税金で暮らしているというのも、その事実をどこまで気にするかで価値観変わってきますよね。

 

そうした考えについて1番目の娘さんがどう自分の親に対して答えたのかはわからないことです。そして彼氏(というか彼氏の母親の借金なら母親なんでしょうけど)は答えにならない答えをしているんだという報道がされています。

 

でも、ここで思うんです。なんでNHKはあのときすっぱ抜いて速報として報道したのかな?と。その後の婚約の延期のときのお嬢さんのコメントも、「まだ結婚までは本格的に決めていなかったけど、ああやって報道された以上遅かれ早かれの話だったので決めた」って話ですよね。公共放送で、そんな不確実な状態なのに「決まり!」って報道していいのかと思いますし、いったい誰の何に忖度して報道したのかとか、そんなことでいいの?って思いますし、元凶はNHKだと思います。

 

もし、あんな報道がされなかったら、遅かれ早かれ生じたであろうお金の問題だって数年かけてでも自分の力でクリアにしてから堂々と婚約発表できたかもしれない。いや、やっぱりこの人と結婚はできないと判断して別れたとしても問題化しなかったでしょう。引き返したほうがいいと判断すれば引き返せた。それこそ、若い子にありがちな火遊びからの教訓を得た程度で済んだかもしれない。実際、そんなことってありがちじゃないですか。その意味であのお嬢さんは皇族に生まれたばかりに本当に気の毒だと思うんです。

はっきり言ってNHKのやったことって、公共放送?報道の自由?皇族にはプライバシーはない?の名を借りてあの娘を、いろんな意味で不適切な表現であることは承知で書きますが、日本全国みんなの目の前で「傷物」にしたようなもの。私が親だったら「怒鳴り込みに行ってます」よ、それこそね。親としては娘さんをかばいたいのは当然だと思いますよ。秋篠宮妃が「婚約の延期後長女は良くやっていたと思う」と言ったとして、親の感覚であればわりとふつうのことであって、とりたてていい親ぶっているようにも見えない。

 

結局のところ、NHKに限らずマスコミは右だろうと左だろうと、それどころかそんなポリシーすらなくても、その時々自分の都合のいいように皇族を利用しているだけなんです。その時々の政府も政党も議員もそうなのでしょう。そしてそのように利用されている状況を、自分たちのの都合のいいように利用して好感度アップにつなげたのが今の天皇皇后で、平成の時代なんです。だって今の天皇皇后は、悪い意味で好感度ばかり気にしてきたもの(悪い意味でまったく好感度を気にしなかったのが次の天皇皇后で、そして好感度下がろうと言いたいことは言いたいのが秋篠宮なのでしょう)。確かに天皇として国民にも世界にも平和を訴えるようになったのは素晴らしいことです。でもそれをいったら、昭和天皇だって昭和時代の後半は反省して平和を訴えてきたわけですし、なにをいまさらですよ。それに、いまどき先進国の「君主」で平和主義じゃない王族なんていない。平和主義を皇族・王族が掲げるなんていうのは当たり前のことで、さほど特別なことでもない。

 

だから天皇やめたい問題もただやめたいではなくて、「好感度を維持したまま」やめたかったわけです。でも、やっぱりかなりのわがままだったのではないでしょうか? そりゃ年齢的に疲れたのはわかりますけど、一応日本には憲法があって、国民の代表である国会で法律が決まる国なのだから。皇室典範だって法律ですよね。でも「さっさとやめたい」というわがままを「私たちはもともと好感度が高い天皇皇后だから」という理由で忖度させて押し通した。憲法的には本当に問題ないのか、長男に代行させたって象徴でいられるのではないだろうか、など、ろくに国会で審議もされなかった。どの政党も天皇の「待ってられない」ご意向丸呑み。「立憲」君主制でも「立憲」民主制でもいいけど、聞いて呆れる。

 

ともかく天皇制も立憲制も法治制度も日本ではなんちゃって制度だったというのが露見したわけです。もうね、その程度の皇族のありかたなんですよ。都合のいいときだけ皇族にも人権があるみたいなこと言い出す。そう、好感度の高い天皇・皇后だから「お気持ち」が憲法や法律、国の制度よりも優先される。そんな程度の話なのだから、あの娘の婚約者選びが失敗だったのか、それでも幸せになれるのかなんて、その二人が今後どう生きるかで変わってくるわけだし、好きにさせればいいと思うんです。お金を今立て替えてくれないなら嫁にもらいたくないという話ならばその程度の相手かもしれないけど、本当に自分にふさわしい相手だとあのお嬢さんが断言できるなら、秋篠宮夫妻だか宮内庁だか好感度ばかり気にする今の天皇皇后が問題視しているのかわかりませんけど、堂々と他の皇族の嫁入りと同じだけの額をやって嫁にやればいい。嫁にもらいたかったら堂々ともらえばいい。

 

ともかく婚約者選びだの、2番目の娘さんの「結婚は個人の望むとおりにすべきだ」発言に対してバッシングがあるなんてもはや意味がわからないし、秋篠宮の「家業の祭祀は身の丈に合った形で生活費からやればいいだろ」発言に対しても文句言われたり、だからこそ愛子天皇待望論なんて意味不明ですよ。結局いまどき皇族が結婚相手を選ぶのは大変だってことなのに。天皇の婿だったらいまの騒ぎじゃ済まなくなるけど、もう好きにすればいい。

 

そのうえバッシングの一環で、やれ長男の男の子が中学の入学式で代表してスピーチした経緯が特別扱いだなんて報道されるのも意味がわからない。今時の子どもは、仮に先生が「入学式でスピーチしたい人」って声かけたら数人は手を挙げます。そんなのじゃんけんかくじ引きで決まったのかもしれないし、それこそ私立だとしたらありがちの1組1番の子が頼まれるパターンだったのかもしれないし、どうして特別扱いだなんて言い切れるんでしょう。秋篠宮家の坊ちゃんが手を挙げたら他の子たちは譲らなきゃいけない不文律があるかのような報道されて、その国立中学校はよく黙ってられると思います。

 

そのあげくその子の学校に京都からわざわざ不審者がやってきて、まんまと机の上に刃物を置くことに成功したなんて誰得なんだろう? 学校のセキュリティがのんきでザルだというのがばれて、その坊ちゃんだけでなくそこに通ってる子たちはどうなのかしらと。自分の机の上じゃなくたって、自分のクラスを空けている間に刃物をどーんって机の上に置かれたら気味悪いし怖いじゃないですか。しかも刃物はあらかじめピンク色で塗られていたわけでしょう? 刺す前提ですらなくて悪質ないたずらですよ。脅しですか。頭がおかしくなってるからこそなんでしょうけど、もういいかげんにすればいいのに。皇室にとっても国民にとっても誰の得にもならないし、そんな事件があって仮に得する人や組織や集団がいるんだったらそのほうがずっと問題だし。

 

ここに来て私は思うわけです。平成って何だったのかなと。天皇制もそこまでして国のお抱えでどうしても存在しなきゃいけないものなのか、とかね。女性天皇以前に、まず制度の存続の有無がなぜ問われないの?とか。そこをまず問われたうえで、女性天皇がどうこうって聞かれなきゃ回答の意味が違ってきます。つまり天皇制の存続の有無をなぜ日本人は疑問視してはいけないのかと、これは女性天皇問題が出てきた時点で既に思っていたことなんですけど、その疑問は解消されないまま、私の平成は終わるらしいです。

 

こんなにルール無視されて「選挙に行きましょう」なんて言われても説得力ないけど、皇族にはない自分の権利を行使しないのももったいないので毎回選挙は行っています。先日も市区町長・議員選にも行きました。それは令和になっても変わりません。