今年2021年の5月5日は、日本では例年通り、端午の節句のお祝いをすることになるわけですよね。こどもの日の祝日でもあります。ところがフランスでは5月5日はあの皇帝ナポレオンの命日らしいのです。しかも1821年にセント・ヘレナ島で亡くなっているので、ちょうど今年が没後200周年ということになります。
目次…
- マクロン大統領、ナポレオンの没後200年記念式なるものを計画
- ナポレオンを称える式典をやる必要があるの?
- ナポレオン法典で規定された女性の立場とは
- ヨーロッパのなかでも奴隷制廃止が早かった国?
- でも結局、ナポレオンってすごくフランス人らしいと思うよ
- 参考にした主な記事
マクロン大統領、ナポレオンの没後200年記念式なるものを計画
そんな「ナポレオン・イヤー」である今年ですが、先般、フランス政府報道官から5月5日にマクロン大統領をはじめ政府として「フランス史における偉大な人物」の追悼記念イベントなるものをやると発表があったそうです。
いかにもマクロン大統領はナポレオンみたいな人好きそうだしね。
というか、もうね、偉大なフランス的な人を担ぎ出して、フランスすばらしい、このフランスが生んだ英雄ナポレオンの精神を引き継ぐフランス人はコロナウィルス終息後は必ずや繁栄することができるのだ、というようなことをスピーチしてフランス人の結束を訴えるという彼の姿がすでに私の目には浮かんじゃってるんですけれど。
フランス革命の後ではあったとはいえ、まだまだ世界的には生まれや血筋で身分や人生が決まっていたような社会で、ナポレオンとはいってみれば実力一本で国のトップまで上り詰めた人です。
ヨーロッパの国々を相手にして戦争ではかなり勝ちまくったし(フランスが戦争でこんなに強かったことなんてあとにも先にもないですよね)、政治家としてものちに世界各国が参考にする民法典を作った人ですから。時代を経てさまざまな改定はなされたものの、そのナポレオン法典はいまでもフランスの民法典として残っているわけです。それもフランスの理念である自由や平等を基礎にしていた民法典…?!
そのほかにもリセを作ったのもナポレオン、中央銀行を作ったのもナポレオン、いまに続く軍隊組織の基礎を作ったのもナポレオン…。
ナポレオンを称える式典をやる必要があるの?
ところがこれまたフランスらしく、すぐさま「そんなことしていいんかよ!」という声があがるわけですね。で、こんなハプニングがありました。
💬 Faut-il célébrer le bicentenaire de la mort de Napoléon ?
— Le Grand Jury (@LeGrandJury) 2021年3月7日
🗣 La ministre déléguée en charge de l'Égalité entre les femmes et les hommes @1ElisaMoreno n'en est pas convaincue
#LeGrandJury 👉 https://t.co/ZgShT5tyUW pic.twitter.com/TChN7KYe6j
フランスの首相付女男平等・多様性・機会均等担当大臣*1である、エリザベット・モレノ大臣が出演したテレビ番組の質問コーナーでこんな質問が投げかけられたわけなんですよ。
「ナポレオン没後200周年を祝うことに賛成ですか、反対ですか?」
というのもね、いわく「ナポレオンは自分が知る限り歴史上でもっともミソジニーな人…いやもっともミソジニーな人たちの一人だから笑っちゃって…」と。するとすかさず質問者の一人が「(すでに一度廃止された)奴隷制を復活させた人ですしね」と(本人がまだそのことにも言及していないのに彼女に対してそれもどうか、と一瞬思っちゃったけど、ともかくやっぱりこの質問確信犯ですよね)。「そうね、彼は奴隷制も復活させたわけですけど…でも、同時に彼は…フランス史上の偉人であるわけで、この質問はパスです。わからないわ」
すると質問者は「でもあなたはどちらかと言えば反対なのに、あえて『反対だ』と言う勇気がないのではないかなあと」とたたみかけちゃって。
「ちがうわよ。私にもわからないのよ。だって歴史ってそんなに単純なものじゃないし、人生というのも、完全に真っ白だったり真っ黒だったりしないものでしょ?(人というのは功罪両方あるものだってことですかね)」
「ではその200周年記念式典には『喜んで』出席されるわけですか?」
「…『喜んで』というのは言い過ぎかと思うけど、私は内閣閣僚だもの、政府の方針とは足並みはそろえますよ。でも、とにかくこれは単純な質問じゃないし、そうね、考える時間が必要です」
ナポレオン法典で規定された女性の立場とは
前述の通り、ナポレオンは自由と平等といったフランスの理念を基礎とした民法典を作り上げた人とされていますが、実はその前のフランス革命で女性が獲得していた権利を取り上げてしまった、あるいはそれよりも前の時代でさえ、法律で明記されていなかったものまであえて法律で規定することによって女性を男性よりも下の立場においた人だとしても知られています。
一言でいえば、女性は婚姻した相手に服従する、つまり夫の保護下という名の支配下に置かれるべき存在だとして民法で規定したわけです。女性は成人とは認めていない。日本語で言う文字通りの「半人前」。
そのナポレオン法典で規定された女性の立場を表したものをかいつまむと
- 夫の同意がなければ働く権利がなく
- 働けたところでその給料を好きに使う権利もなく(夫の許可無く銀行口座も開けなかった)
- 選挙権もなく
- 家庭内暴力は許容されており、「結婚生活のつとめ*2」をなおざりにしてはならず
- 妻が不倫をしている現場を押さえて夫が妻を殺害した場合、免責・情状酌量の対象になる
といったものまであったらしい。あまねく人々の自由・平等・友愛といっても、問題はあまねく人々というのは誰のことをいってるんですか?っていうこと。
ヨーロッパのなかでも奴隷制廃止が早かった国?
フランスも例にもれず、たとえばカリブ海の島々にアフリカ大陸からの奴隷を連れてきて砂糖畑やコーヒー畑で働かせていたわけです。ところが1789年の革命(いわゆるフランス革命)に影響を受けたハイチの黒人奴隷たちは反乱を起こしました。で、それが成功。
1794年に当時のフランス革命政府は奴隷制度廃止を宣言します。ハイチでの反乱を支持して島を勢力下に置いたスペインや英国をハイチの地元の独立派の人々が追い出すならという交換条件でもありました。
けれどもその後、ナポレオンが1802年に奴隷制を復活させてしまいます*3。
結局、フランスで奴隷貿易が禁止されたのはナポレオンの帝政時代も終わって王政復古時代の1820年。そして1848年に第二共和制になったさいに、ようやくマルティニーク島やグアドループ島で続いていた奴隷制度が廃止されました。
英国では1807年に奴隷貿易が禁止されましたし、奴隷制が廃止されたのは1833年なので、フランスはヨーロッパで一番早く奴隷制を廃止した国というのは語弊がありますよね。
そんなわけで、当然ナポレオンを称賛するイベントをやるなんて!という怒りが現代社会でも起こるわけでして、あげくニューヨークタイムズ紙からこんなコラムが飛んできたわけです。
副題の通りの内容ですね。「白人至上主義者のアイコンを称えるんじゃなくて自国の奴隷制の歴史についてもっと向き合うべきなんじゃありませんか?」ってことらしいんですけど。
言いたいことはわかります。そしてまたもNYTかよ!とフランス人(フランス人だけじゃないだろうけど)が言いたくなるのもわかる(このNYTの記事がフランスで知られてるのかもわかりませんが)。教師首切断殺害事件についての報道*4のことも、最近の「イスラム左翼」問題*5とかもありますので、それこそ「単純な話じゃない」。
でも結局、ナポレオンってすごくフランス人らしいと思うよ
もちろん、ナポレオンの功績はとても大きいですが、私に言わせれば、むしろものすごくフランス人的だと言えるんじゃないかと。その自由平等博愛という理念のフランス人というよりも現実のフランス人気質というのかな、そういう意味でね。
フランスって矛盾していると思うこと多々あります。人々はみな平等だと言いつつ、ドゴールを大統領にしてものすごく権力を与えて、そうした権力を持った人を称えるようなところもある。そして、あんなに権利を求めて法律作るのが好きなのに、実は超法規的なやり方を好むところとか。
結局、犯罪者あがりで脱獄者でも改心した特別な人間ジャン・バルジャンには、ただひたすら法律を遵守するジャベールはかなわないのだもの。
もう3年以上も前の話なんだなあ…
ナポレオンがクーデター起こしてあげく皇帝になっちゃうなんて、民主主義の精神とものすごく矛盾してませんか?って話なのですが、彼が英雄なのはそういうフランスの矛盾そのものであって、現実と違っていても立派な理念を掲げてしまう、私に言わせれば日本人には欠けてしまっている、そして良い意味での厚かましさなのです。そして、その良い意味での厚かましさをまさに地で行ってるのがマクロン大統領なんじゃないかと。
とにかく、没後200周年記念ならば、普通にナポレオンの功罪両方を採り上げて歴史として残していけばよいのではないかと思います。誰かにとって気に入らない歴史であろうと、それは消せないのでね。
参考にした主な記事
他にも:
- フランス革命だけじゃない!ナポレオンが“英雄”になるまで|日刊ゲンダイDIGITAL
- Emmanuel Macron célébrera le bicentenaire de la mort de Napoléon - Le Point
- ナポレオン法典 | 世界の歴史まっぷ
- アヤーン・ヒルシ・アリ「表現の自由について学ばなければ、それらは尊重されなくなる」 | クーリエ・ジャポン
- 【パリの窓】大統領のメディア戦争 - 産経ニュース
- 「米国発」の急進左翼にノン? フランスで大論争 ピケティ氏も参戦(1/2ページ) - 産経ニュース
- Opinion | Napoleon Isn’t a Hero to Celebrate - The New York Times
*1:日本で言う内閣府特命担当大臣(男女共同参画)・女性活躍担当大臣ですね、丸川珠代さんの。
*2:要は夫との性交。というか、結婚=性行為への同意がある、という前提。逆にいえば性行為(への同意)がなければ結婚じゃないという意味でもあって、その有無がフランスでは今でも離婚にいたる理由のひとつともいえるのではないかと。同時に今はその前提があるからこそ「夫婦間レイプ」にも刑事罰があります
*3:皇帝になる前の統領時代です。1799年にナポレオンたちはクーデターを起こして革命政府をのっとっています。そして、もちろんハイチの黒人は、奴隷制が復活した以上フランス人に対してまた反乱を起こすわけです。ナポレオンは軍を派遣したものの負けてしまい1804年にハイチは独立を果たします
*4:
*5: