あなたが月を指差せば、愚か者はその指を見ている

日々起きたこと、見たこと、考えたこと

動物は動物です。ついでにいうならヒトも動物です。ヒトは自分たちだけが特別だと思ってるかもしれないけど。

動物は動物です。ヒトも動物です。動物はごはんでもおかずでもなく生物です。植物であれ腐肉であれ生きるために食する立場にある場合も、自らが捕食される立場にもあります。ヒトは幸いにして今は殺されて捕食される立場ではないようですし、ヒトであれ、他の動物であれ、それらに食べられるためだけに家畜化されて育成される立場でもありませんが、その意味ではカズオ・イシグロの『わたしを離さないで』の世界観はすごいかも。食べられるために育成されるんじゃないんだけど、むしろシチュエーションとしてはありえないながらどこかリアルで、また読もうかな。きっと泣いちゃうね。

 

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

 

 

 人喰いに限ればこの記事たしかに興味深いです。

karapaia.com

 

渋谷での「動物はごはんじゃない、いやおかずだ」の話。

たとえば、日本のイスラム教徒の人たちが彼らにとって豚肉を汚れたものだからという理由で食べられないってわかってて、豚肉美味しいよと「フレンドリー」にあのカウンターの人たちがまとわりついたかといったらそうじゃないと思います。そうしたのは、いわば「説教臭い」「いけ好かないヴィーガンで相手にしやすい相手だったからでしょうね。

あのカウンターの当初は「肉を食べる自由を奪うな」というのが始まりで、とってつけたように「食肉業従事者に対するヘイトや職業差別だ」って企画者のツイートがあったんです。私はそれを見て、オオボケなことに、その人をついさっきまで「アンチカルト運動側の弁護士」だと勘違いしていたのですが(あるフォローしているアンチカルト弁護士からのRTで読んだものなので同業者だと思ってた。それに最近法曹関係者よくいろんな形で訴えられてるし)、さっきよく見たらカルトに裁判に訴えられているフリージャーナリストでした(被告人ってでもそういう意味でしたっけ?民事?刑事?)。実際、訴えられるほどの取材をしたジャーナリストならば、気概のある方だと思います。失礼しました。

まあともかく私はそのツイートを読んで思わず引用ツイートで「私がまず想起したのはその点。日本の部落差別の歴史の重さがわかってるのかが心配」と何の気なしに、いや、どちらかというと実は「ごはんじゃない」と言っている側のほうのナイーブさを心配して書いてしまったんですね。だって弁護士だと思ってたから、そういう職業差別のほうがぱっと頭に浮かぶのが当たり前だと思ってたんです。なんだかずいぶんとぼけた弁護士さんだなと思ってたんですけど、弁護士っていっても色んな人がいるだろうから、でも根は真面目なんだろうと信じてました。

 

https://twitter.com/riekmatsunaga/status/1130806632907018240?s=21

 

それに加えて自分の意見も2つツイートを連結する形で投稿したあと、しばらくしたらフォロワーなんていないに等しい私の上記のツイートが私にしてはびっくりするほどのインプレッション数を稼いでいたわけです。ぞっとしました。訳書いくつかあれだけTwitterでこれまで宣伝したってこんな数にはならなかったというのに。

自分の意見としてそれに続けたツイートは以下の2つ。こちらは全然インプレッション数少ないのよ。全然読まれてないに等しいのです。こっちのこと、しかも「もっと建設的なやり方はできないのかしら」と双方に向かって言いたかったのに。

 

 

引用ツイートにしたのは私の落ち度です。だからどのように使われても文句は言えませんし、私は言いたいことは言うと決めたので、あるツイートに対して言いたいことがあれば基本それが知らない相手だろうと引用ツイートを用いることが9割です。それでも状況によっては、ここで引用してきついこと言ってしまったら、その引用元の人が炎上する可能性とか、まあ明らかに面倒くさいことに巻き込まれそうだと直感的に思うときはただリツイートしてそれからツイートしますけどね。

でも、この日から堂々と引用ツイートする勇気が少しなくなったのは事実です。情けないことに。

そして「建設的な方法ができないのかしらと思いました」というのは「渋谷で肉を歩き食いする」という意味じゃないです。でもそうしたかったんでしょうから、そうするのは渋谷でデモの申請をして屠殺の写真を掲げたいのと同様に自由です。私はいずれの「表現法」も賛成しないだけです。どちらの言い分も立場もわかるしもっともだというのはそういうことであって、それを示すやり方に賛成できないだけです。

渋谷は自分にとってなじみがない場所というわけではありませんが、そもそも食べながら外を歩くなよと、ここでスノッブでえらそうな物言いもしません。私はお行儀が悪いほうなので。

結局、職業擁護や食べ物に感謝をうたう屁理屈つけて、肉を歩き食いながら他の相容れないライフスタイルを認めずに歩くという下らない正当化に加担した形になってずっと、気分が悪かったです。自己嫌悪ですよ。しかも子どもの頃の嫌な思い出までよみがえりましたしね。

 

 

数日間頭を冷やしながら、それでも腹が立って私は子どもころの嫌な思い出をツイートしました。このまま貼り付けるのも読みにくいので、以下のように書き下します。

私自身はたとえば焼き肉屋さんに人生で5回ぐらいしか行ったことがありません。その大きな理由のひとつが、私の大阪出身の父の母親……伊勢出身の祖母の影響なんだと思います。祖母は悪気なく、まったく悪気なく、当たり前のようにその手の差別を当然のように口にしていたからです。伊勢だって海産物と同じぐらい肉が有名なんだから、だからこそ、食肉業の人たちを差別してたんでしょうね。

テレビで五月みどりが出ていたら「肉屋の娘だから下品なんだ」と言うような。当時の五月みどりを思い返してその因果関係が正しいのかどうかは、もはや私にはわからない、というか直接的な因果関係はないと思うのですが、あとはね「山口百恵は私生児だから嫌い」とかそういうことを平気で悪気なく言うんです。でもうちはそんな家じゃないといわんばかりに。

なお父方の祖父は、若い頃からの長患いの末に早く亡くなったので、実質父は母子家庭の育ちです。伊勢出身の祖母は育ちは「お嬢様」だったそうで、戦後洋裁ができたから、服を直したり作ったりして、それを生業にしてどうにか父を含めた3兄妹を育てたそうです。父は兄妹の真ん中。貧乏で中学卒業後は、伯父と同様に働きながら定時制の高校に通い、それが父の最終学歴となりました。その後、就職した広告会社が東京に支店を出すと聞いて、転勤を立候補し(大阪気質が嫌いだったといってました。でも私にとってはとても大阪的な人でしたけど)、しばらくすると独立して広告会社を立ち上げ、大手の広告会社の下請けの仕事をしていました。若いときは羽振りが良かったですよ。

父と私が過ごした期間は実質的には少なかったんです。父と母が、というか正確には父と母の実家の折り合いがすごく悪かったからです。そして、ともかく伊勢出身の祖母の影響で父は肉よりもずっと魚を好む人でした。かといって私は貝類や甲殻類はあまり得意ではないですし、一言で言えば、食事全体が得意ではないんですが、父に合わせて母は肉料理よりも魚のほうを多く料理していたと思います。それに当時は魚のほうが安かったですしね。なので、実家でも外食でも焼き肉は食べたことはありませんでした。ふりかえると、ごくたまに、すき焼きはしたかな。でも、それは母のアイディアだったようにも思います。あとは、父は休日になると鉄板でお好み焼きを焼いてくれたので、そこには豚肉を……いや、やっぱりエビやイカがメインだったと思いますね、焼きそばの入っていない、ソースとマヨネーズを塗ったお好み焼きのにおいはもしかしたら私のマドレーヌかもしれない。お好み焼きだったからエビやイカも嫌いにならなかったんだと思います。

ともかく、私は結婚するまで、もともと料理はほとんどしませんでしたし、それまで自分で肉を調理して食べたことなんて片手の指ぐらいしかやっぱりなかったと思います。あと大学生になるまで本物のラーメンほとんど食べたことがなかった。不思議なことにカップラーメンはあったんですけどね。今は毎週のように息子につきあわされる形でラーメン屋さんで食べてますけど。ラーメンは成人してから克服した食べ物かな。

それに未だに我が家にはテーブルに置くような電磁調理器とかコンロはありませんしね。類は友を呼んでいるのか、私たち家族、みんな食の広がりにあまり興味がないんですよ。ただ、中学生の子どもがいるので、社会常識的にすき焼きとかしゃぶしゃぶとかテーブルで囲む形で食べる機会があったほうがいいんだろうなと思っています。

それにしても父方の祖母はすごかったですよ。意味不明な逸話も残っています。両親は東京でなかば母方中心に仕切った結婚式の二次会の料理を中華料理にしたんです。母方は大陸からの引き上げなので。母方の親戚はみんなうまいうまいと食べるのに、父方の親戚は一切口をつけなかったそうです。ゲテモノ食いだという偏見です。戦後すぐに返ってきた近所の兵隊さんに中国人はこんなもの、あんなもの、要するに祖母に言わせれば信じられないようなゲテモノを食べるという話を聞かされたらしく、それを頑なに信じていたようなんですね。

私は伊勢神宮遷宮があった年に伊賀まで旅行で行きましたが、伊勢までは行きませんでした。みなさん「お伊勢さん行かないの?」とびっくりしていましたけどね。そこは主人が立てた旅行プランにはなかっただけともいえますが、私がこだわらなかったのはやはりどこかで反感があったのかもしれません。

そんな家なので、父はさらに朝鮮人は悪い奴らだと言ってはばからない人でした。こんなこと書くのは、かなり勇気要りますけどね。自分の親がネトウヨの時代の先端を行ってたなんて笑えませんよ。その理由が、幼い頃喧嘩して瓦を投げつけられたらしく、それが額に直撃して縫ったことなんだそうです。その傷痕は確かにありました。それを根に持ってて、当時高校生の私が思わず「ばっかみたい、そんな理由?」って返したら激怒されたんです。でも、私は父がそういったヘイトをたまに帰ってくる家で言うのに本当に耐えられなかった。確かに「ばっかみたい」では済まない理由が父なりにはあったのかもしれませんけど、それは父の問題です。私の考え方にはまったく関係ないことです。

私が大多数の時間を過ごした環境の問題も大きかったかもしれません。私はキリスト教の私立高に行かせてもらってたのでまあ、毎日礼拝があって賛美歌を歌うことはあれど、君が代などを歌うことはありませんでしたし、道徳の授業というよりは聖書の授業を受けていました。道徳はどちらかというとホームルームみたいなことをしていたように思います。クラスメートにもハングル名の子もいても違和感を感じる機会がありませんでした。だいいち当たり前ですよ、普通に日本育ちで、こうして同じ私立の教育受けて、日本語でコミュニケーション取るんだから。だから、とにかく決めつけるのが嫌だったし、父が帰宅すると必ずといって言い出す中国人・韓国人・朝鮮人(在日朝鮮・韓国人に限りません)に対するヘイトが理解できなかった。

まして私は当時カナダに交換留学を控えていたわけです。父は「外人とは付き合うな、エイズがうつる」と笑いながら言うんです。半分冗談めかしてますが完全に偏見です。でもそんな時代でした。実際筒井康隆の「唯野教授」もその手のネタあるでしょ? でもフィクションによる風刺ではなく、うちの場合は現実でした。

父にボヘミアン・ラプソディブームを見せてやりたかったです。でも今も生きてたらネトウヨになってたと思います。そういう傾向あったもの。カナダにいる私に「今日も皇居でご病気の天皇陛下のために日本人として記帳してきた」と書いてよこしたり晩年は「俺は慎太郎が何を言っても慎太郎の味方だ」とか言っていましたから。

でも私は父のことが嫌いではなく、むしろ何かにつけてヒステリーを起こして私に暴言を吐き、私がそれは違うと泣いてその理由を訴えても、「おまえは理屈ばっかりこねて言うことを聞かない」と延々と私の短所を上げ連ねてプライドをずたずたにするような暴言を吐きながは、絶対に謝ってくれない母よりはずっと好きでした。ああいうヘイトを除けば本当に話術が巧みで面白い人だったんです。結局、最後までお互いを理解し得ませんでしたが、こうやって父のことを思い出すだけで泣けてくるほど、もう一度でいいから会って楽しく話したいって今でも思います。

 

 

でも、今言えることは、とにかくわたしは動物を(人間でもいいですよ、例えば日本なら自衛隊でも警察でもいい)殺傷せざるを得ず、そのことを生活の糧にしてる職業は最低であり、でも我が家はそんな家ではないという傲慢さは嫌いです。その職業を選ぶ事情はそれぞれ色々あるからです。

と同時に、それでも心情的に明らかに肉食に耐えられない人たちに「フレンドリーに」という屁理屈でまとわりついて肉を食べながら歩くという、相手にとってはハラスメント的なやり方にも与しません。抗議の意図はわかりますが、そのやり方でやるのは私は賛成できないと思いました。本当に抗議に肉の食べ歩きまで必要だというのでしょうか? イスラム教徒の人が仮に職場での豚肉提供はやめてくださいというデモをしたとしても(ありえないと思いますが)、そんなことはしないでしょ?

これはすべての屠殺場を閉鎖するのが目的のデモ、つまり特定の業種にたいするヘイトデモに対するカウンターデモだからという、気がついたらご立派な理由がついていましたが、実際どれだけの人が本気で部落差別や人種差別に伴う職業差別問題に関心をもってるの、とかね。知ってんの?わかってるの?と思いました。

弁護士なのに変だなあと思ったんですけど、私のオオボケの勘違いで弁護士じゃなくジャーナリストだったようですし、なんだか屁理屈に使われた感じがしたのがつらかったです。だから

 

ヴィーガンというライフスタイルに対して反対ではないんですけど、このデモの話を読んで真っ先に頭にうかんでしまったのは私も部落問題でした。日本の場合屠殺をする、その皮や肉を加工し売る人はかつてよく思われてなかったという差別の歴史の重さがわかってるのかなって心配になったんです。

 

と書いたことが屁理屈に使われていたらいやだなって昨夜は気が重かったです。

 

ナタリー・ポートマンは幼い頃に屠殺の写真だか動画を見たらしく十代の頃から結構頑固なベジタリアンです。ああいうものをわざわざ見せるのは子供に対するインパクトとしては強いですね。やっぱり子どもは親の影響を無条件で受けますから。親の言うことを最初から信用しない、魔法にかからない子はめずらしいです。とはいえ、幼い頃から魔法にかかってくれない、おだてに乗ってくれない、近しい珍しい例が私には身近にあります。その人に対してはたまにはちょっと魔法にかかってくれないかと思うほどですが。でもね、もしかしたら、それ私に似たのかもしれない。実は似たものどうしなのかもしれない。彼は私よりもその表現法がうまくて穏やかなんですけどね。

そして、ナタリー・ポートマンは妊娠したとき渋々鶏肉は食べて(はまった)という正直な後日談があります。

そういうような人に向かって「そら見ろ、偉そうなこと言ってたって、結局自分の子供のことになったら信念貫けないくせに」と今日渋谷を歩いた人たちや特に便乗した人たち、動物はごはんじゃない側もおかずだ側もどちらの側もがそう思って、バカにするような不寛容な人たちでないことを祈ります。

 

当たり前ですが微生物を殺した畑で作られたとかいう野菜を食べるのはヴィーガンだけではありません。食用肉になる家畜のほうが野菜や牧草の消費が多くその肉を一部の富める部類のヒトが食べるからヒトは肉を控えめにしたほうが世界の飢餓問題のリスクは減るというのは、私が物心ついた頃から言われてたことです。そして今は環境問題の面でも言われています。そっちのほうが強調されてるかな。

ブラジルの前大統領は食肉業界汚職スキャンダルで失脚し、かの話題の現大統領はアマゾンの保護地区を牧草地にしても良いという法案を通すとかで物議を醸し出しています。実は密林破壊は止まってたのにここ数年でまた切り倒される木が増えてきたそうです。当然オマキザルも絶滅危機にあるのでしょうね。

 

  オマキザルも登場する訳書も先日電子書籍版が出ました。是非読んでいただければ幸いです。 

鳥頭なんて誰が言った? 動物の「知能」にかんする大いなる誤解

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そして、ヒトの傲慢さについても考えをめぐらせてみるのもいいかもしれませんね。